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残り雪

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おとといの雪が、駅へつづく商店街のそこかしこにも。
草土に残っているのはきれいなままだ。

日曜出勤。平日の仕事にやっと追いつく感じ。
夕方、事務所を出て帰りみち、
高島屋の「東大寺本坊襖絵完成記念 小泉淳作展」を見にいく。
蓮。桜。日曜美術館で見たのと比較している自分に気づく。
テレビの映像をなぞっている。せっかく実物の前にいるのに。
変な感じ。
この襖が、じっさい建具として桟に嵌まって、部屋を囲んでいる状況を想像してみる。
だけど、ぜんぜんうまくいかない。東大寺は忘れることに。

「奥伊豆風景」「雨後」など、ちょっと前の絵が、ごつごつして、
民話的なものがあって、ほっとする。やっと人が、見えてきた感じ。
「岩木山」。冠雪した山頂の際だちと、麓の暗みに沈む山里との対比が
ずうっと見てても、離れてみても、魅力的だ。
これと、「白山残照」という大きな絵が、ベンチをはさんで
だいたい対角線上にあって、座って、距離をとって、交互にみる。

今まで美術館のベンチは、歩き疲れた老人のためのものだと思ってたけれど。
これは…ぜいたくな時間の使い方かも。

大根の葉、墨蕪図、筍…。野菜を描いた静物画がある。
かぶらの先っぽの細い細いひげが、さっきみた山塊の、大地の皺とおなじだと思う。
それがちょっとユーモアがあるようで、面白いSFを読んでるようで。
こういうのを一生懸命、たんねんに描いていることも思う。
ひとつの生き物のなかに、宇宙がひろがる。

一階おりて、美術画廊の「小泉淳作展」も見る。
「シーラカンス」などやっぱり気さくな諧謔に出会う。雲中の龍。浮かぶ茄子。
ここは市場だ。ひとつひとつに値段がついている。成約を取りつけようとする社員は、
でも、僕には声をかけてこない。


展覧会と、売り場と。
近くから。部屋の反対側の遠くから。見たいのは何度も。
絵を、色んなふうに見て。何にも買わずに、ただ見て。
頭に残ったのは、岩木山の白い残雪。
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by ichirographics | 2011-02-14 00:19 | 照応

うつつ

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「うつつ 有果里 個展」がひらかれていたのは
茨木駅前、通りから少し入った旧家。

作品は手漉きの紙に描かれた夢・うつつのあわいの世界。
昔ばなしに出てくる山里の、日の落ちたあとのような闇に
ポワンと浮かんでいるかたちが
僕には眼をとじたとき現れる光の球みたいに見えました。

玄関を入ってすぐの客間をギャラリーに、
つづく、ひょっとして座敷だったのをつなげて今日びのカフェに。
ひっそりした住宅地の古い屋敷を改造した空間です。

ここは、どう使われていたのかな、と想像しながら
もとは濡れ縁だったろうテラスに面した窓辺のテーブルで
友人とふたり、たあいない話にうつつを抜かして過ごしました。
古い家でうまれる会話は、やはり古きに縁をたどっていきます。

この家のことを、コーヒーを運んでくれたときにきくと
100年くらい前のおうちを、リフォームしたんです、
トイレも今のじゃない、古くて良い感じなんですよ。と、
にこにこ、若いスタッフの女性は話してくれました。

偏りのある本読みの僕としては、書棚に並んだ本の
定番的な偏りのなさがちょっと気にかかりましたが、
それはブックカフェというスタイルへの無いものねだりでしょう。

湯気がたって、知らない人を迎え入れてくれる。
座る場所が用意されてあって、すてきな笑顔がある。

生きた古い家の、いい感じの時間を
しばし娯しませてもらいました。





うつつ 有果里 個展は2/22まで

la galerie
〒567-0888
大阪府茨木市駅前1-8-28 GLAN FABRIQUE 1F
電話:072-621-6953
http://glanfabrique.com/

有果里さんのブログ:http://yukari515.exblog.jp/

うつつを教えてくれた友人のブログ:http://dandysmile.blogspot.com/
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by ichirographics | 2011-02-08 11:21 | 空間

春たち人たつ

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土曜日。データ仕事にひと区切り、京阪電車に乗って京都へ。

手描友禅作家、着物作家である上大迫博さんの絵画作品展「光の中へ」。
(於・ギャラリーみすや、2/6まで)
上大迫さんとは昨年、僕が装丁を担当する本の
ジャケットのための絵の制作依頼でお会いして、友禅の帯を、
そしてそのあと絵画作品を見せていただいた。素晴らしかった。

また、そのときの絵に出会えた。

黒い絶壁から翠色の淵へ、しぶきをあげておちる一本の白い滝。
その崖のうえにのぞく青空。
あるいは青い海の予感をうけとめる砂浜の白い色面。
また、あるいは、燃えたつ紅葉の嵐山。

きりつめられた表現のなかで、色彩が匂いたつ。
対象に、端正に向きあう座し方に、心があらわれる。
典雅、という言葉がうかぶ。だけどまなざしは柔らかくて人間的。
そんなお人柄に、また触れることができた。

これは日本画、と思うけれど上大迫さんは絵、とただ言われる。
ただ絵を描く、と。
自由に、気負いなく境界を越えること。これは勇気づけられること。

「恵雨」(F6)は、麻紙でなくキャンバスに描かれている。
線としてはみえない雨にけぶる大地の表面から、山の峰から、
うっすら、立ち上る蒸気。
雨にうたれる小屋のたたずまい。
畑のあいだをのぼる小道に、道をつけた人の手わざが感じられて。
自然の中に暮らす、人の賛歌だと思う。


三条・石橋町のギャラリーを辞して東へ1、2分。富小路を北へ入って
H2Oギャラリーへ寄る。
ちょうど事務所から出てきたオーナーの大向さんと出会う。
「或るグラフィック展」のときのお礼を言う。にこにこして「みんな元気?」

開催してるのは「タキグチタカヒロの本の個展」(2/13まで)。
色んな本とグラフィックの試み。謎かけのような本が、とても面白い。
作品に、グラフィックと、紙と、本と、まっすぐ向かいあう姿勢がみえた。
情報性に流れないのはめずらしいこと。
和室に展示した、黒いきら紙を貼った屏風の立ち姿がくっきり、印象に残った。


だんだん日が傾く中、三条から七条へ向かう。
京都国立博物館「筆墨精神:中国書画の世界」(2/20まで)。
僕にはちんぷんかんぷんを覚悟して。これはせっかく母親から券をもらったので。
とにかく小~中学校の習字で何も良い思い出はなく、書道はさけていたのだ。

ちがった。これが収穫だった。

最初の部屋がまず法華経と三国志の巻物に書かれた文字。
思わず曹操、の名前はないかな、と探す。なかったが軍使、があった。
典籍。つまりテキストを写す。版本第一主義になる以前のものだそう。
字がぴっしり、の印象。
でも人の手、筆先の動きがわかる。それがスリルがある。
「本」ではないが紙に書かれたものだ。5世紀、7世紀のもの。
それが残っている。ぼろぼろのもある。残巻。
テキストというと片手落ちになる。写されているのは、文字のすがただ。
見ていくとだんだん、なんだか入っていく。面白い。
集字、模刻、さらにそれを拓本にとって、というふうに伝えられる文字。
南宋、明、このあたりから文人の画も出てくる。文字はのびのびと、
筆づかいのライブ感が伝わる。
内容はまず仏典、説話集、詩文集。楽師が演奏した「雅」というのもある。
日本のだけど、古今和歌集も見た。蕪村もある。
清時代の墨絵で気に入ったのがあった。山中の楼閣図。雪舟のは好きだけど
もっとおおらかで。ワイルドで。勢いがあって。
僕はやっぱり息づかいがあるものが好きなんだ、と思う。

呉昌碩につづき、日本人の、園田湖城の篆刻の部屋が最後にある。
版面は小さいので凝縮、ではなく、空間を生かす、なにより字の力の世界だ。
湖城の、篆刻だけじゃなく書もある。もちろんデザイン的で、かつ奔放。
一番最後に「京都国立博物館」の文字がある。さっき、建物に入る前
正面を見上げて読んでいたあの文字。そのもとだ。
真ん中の字のすがたにひかれた。大のような、これは人をあらわすのだろう、
その下に一文字。地面の上に人。これが立つ、という字なんだ。
人がたつ。

人が書き、彫る。文字には命が宿る。その命を、伝えていく。
人間の営為なんだ。分からないだろうと、敬遠することはない。来て、よかった。
筆の、書の世界。


博物館を出ると、すっかり日がくれて、
京都タワーの上に、細い三日月がうかんでいた。
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by ichirographics | 2011-02-06 03:16 | 展覧会