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思い立って

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夕方にふと、今なら。と思いたって事務所を飛び出た。
京阪の車窓から見る、川岸の番小屋。土堤のうねり。水面を走る鳥。
これは旅行だな、と思う。
京都・二条城からあるいて下立売通り、食堂そ・ら
有果里個展「さらしにもよう」最終日。

再生された、でももとは古い家。
住まいの息づきとかげりになじんだ作品たちのたたずまい。
そして見るものとの距離が、とても近いのを感じる。

さらしの生地目にひっかかる描線。にじむかたちを見つめる。
絵を描くということ。描いた絵が生きるということをおもう。

絵が人と、場と、かかわって、
もちろん値段がついて、人の手にわたり、
愛でられ、あるいは使われる。

そのことへのとまどいも感じながら、でも
たしかに作家としての道を、歩きはじめている
有果里さんをみました。
ピンクの着物姿が、同じ色調に染まったさらしとふすまの背景に
自身が一体となって溶け込んでました。
有果里さんの世界が、拡がっていく。
来て、見て、僕のあたまの中にもまた、世界は深まって。
窓辺にふわり、ゆれるかたちがすてきだった。

狭い通りから大通りに出ると、光につづいて音が、押し寄せる。
しまった、もうちょっと細い道を行くんだった、と思いながら
方角の見当をつけて、ただ歩く。
一昨年の秋、僕らがグループ展で過ごしたあたりを過ぎて、四条烏丸。
ハープを弾くともだちに教えてもらったありの文庫。
最初上がった服部ビルは4Fまでで、いったん降りて向かってその左側、
1Fが焼肉屋の服部ビルを5Fまで上がって、到着。
出していただいた(ありがとうございます)冷茶で、本当にひといき。
まだ脚ががくがくするまま見て、長谷川四郎をみつけて、買うことに。
(「文学書は若い人にはあまり人気ないので有難いです」といわれる。
若くないのはたしか)
小さいけれど、ここはまた来たい、と思えるとてもいい古本屋。
いくつか、欲しい本をまたの機会に残して、でももう一冊、
欲しかった作家の日記を買ったので、隣のアイリッシュ・パブで一杯、は
やめにして(ひとりだし)、阪急で帰途に。

* * * 

行きたい場所へすぐ行けるどこでもドアがあったら、良いかもしれないな。
でもとちゅうが、やっぱり、面白い。
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by ichirographics | 2012-06-01 03:03 | 空間

颯々とさやいで

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箱からとりだすとグラシン紙に包まれた布表紙の本。
何の変てつもない、といえば本当にふつうの
でもいま手に取るとそれが貴重に思えるふつうの本のすがた。

「言の葉さやげ*茨木のり子」(1975年 花神社)

著者自装。
若草色の布表紙に、見返しのひわ色がほんのりみどりに相まって、
花布も本文と同系のクリーム色との調和は
書名のもととなった古事記の

木の葉さやぎぬ 風ふかむとす

というイメージを受けとめる自然な設計だとおもう。

母親が話した東北弁への思いをつづった文章からはじまる
詩人の短文集は、ことばへのまっすぐな、
でもやさしい目線がいたるところに感じられる。

1975年発行といえば、僕のもっている同じ頃の布貼り上製本が、
変質した糊の茶色が浮き出し、
見返しもひきつれをおこしているのがあることと比べると、
これはいま工場から上がってきたと同じ。
よく丁寧に作られているということなのだろう。

「…最初から意義があり、神聖な仕事なんてものは一つたりとも思いつかない。…
…しかし一つの仕事を選び生涯を賭けたとき、…否定しがたく人間の仕事としか言いようのないものにぶつかることがある。それが何であれ、人の仕事、職業というものに価値を見、打たれる…」
これは谷川俊太郎の詩について書かれた文章から抜き出したもの。
人間の仕事。そう言える仕事を、すこしでも出来ているか。読んで、自問する。
やさしいけど、てごわい本。

あとがきに
「…ことばの悪葉、良葉ふくめて、もっともっと溌剌と、颯々とさやいでほしい」
という一節があって、僕は颯々ということばを知らなかった。
漢和辞典で引いてみると、「さつさつ 風のふきすぎる音」とあった。


風のなかで、詩人のことばとおなじように
しゃんと、立っている本。
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by ichirographics | 2011-04-02 17:56 |

ちょっと横道に

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赤瀬川原平の「奥の横道」(日本経済新聞社、1999年)を古本で買った。
期待した通り、今読んでも、面白かった。

いまブログが、もうそれも古いとかいうことになってるけど
この本の、エッセイというのでもない姿は、いまのブログを先取りしていて
この人がそうっと用意してくれた道を、ぼくらはそうと知らずに
歩いているのではないか、と思ってしまう。
ただブログを予感させるといっても、この本の
本文用紙にスミ1色刷りという制約(初出は新聞連載)のなかにあっても
写真の解像力、あるいは語る力はさすがに、雄弁だ。

いまはなんだか老人力の、いっぷう変わった癒し系のおじさんだが
その昔赤瀬川原平といえば、正体不明のラジカルな前衛美術家で、
千円札事件や櫻画報の仕事で僕らは知っている。
結果的に、はたから見たらきなくさい仕事だが、それらはたぶんこの人の、
芸術をする自意識をどんどん消滅させて、手わざの痕跡どころか
宇宙まで閉じ込めてしまう不可避の道にできた産物だったんだと思う。
その、不可避の道の果てに辿りついたのが超芸術トマソン。
いや、果てというと終わったみたいだけど
その後のライカ(!弟がはまった。出てこれない)、新解さん、
文学者尾辻克彦として…と色々、考えたらすごい。こんな人他にいない。
突きつめたあとの抜け方が、すごいと思う。それもどこかトボけて、天衣無縫で。

頭脳というよりは目わざのスゴさをつうじて、
意識を拡張してくれているように、この本を読んで改めて思う。

この人のいまのところ最大の功績は、やはりトマソンだと思う。
作者がいないトマソンは、見る側に属している。
身も蓋もない言い方だけど、言ってしまえば、トマソンは、ただ
現実の裂け目を見つけようとする気持ちの、あらわれだ。
あるいは気持ちのあはれ。
見る者にしか存在しないからだ。
それらは凍りついた手わざ。おきざりにされた過去の時間。

この本の写真はゆったりした気分も含んだもので、でも、じっとみていると
叶えられなかった祈り… そんな言葉が浮かんでくる。


印象に残った文…
「それにしても人間というものは、その時代その時代のマインドコントロールに
かかって生きているもんだとつくづく思う。過去を振り返るとそのことがよくわかる。
ということは、いま現在はどんなマインドコントロールにかかっているのか、
将来振り返ってみるのが非常に楽しみになってくる。」


高松次郎の訃報についての文章に添えられた、明るい窓に向いた机上の原稿用紙と
筆記具、消しゴムの、ひっそりとした祭壇のようなたたずまいの写真が心を打つ。
生きた時間を切り取る写真は、祈りのためのものかもしれない、と思う。


「とにかくちょっと脇にそれさえすれば、旅はどこにでも待ち構えているものらしい。」
…すてきな言葉。
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by ichirographics | 2011-03-09 02:10 |

しおりのゆくえ

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スピン、といいます。と、
出版社の人にむかし教わりました。
しおりひも。
あるいはただ、ひも。

本の、読んだところに挟みます。役割としては。
Bookmark、と言えば確かに機能をあらわしていますが
何かしっくり来ない。
お気に入り、とは呼べないし。

お気に入りと言えば
読んでる間、背の向こうに垂れさがってるのを
指にくるくる巻きつけてみたり
編目の感触を無意識に楽しんでみたり。

は機能とは言えないけど

内容によって、見返しや花ぎれとあいまって
色変わりであかるくしたり、シックにしたり
本の表情を変えるのは、補佐的だけど大事な役目。

そんなしおりひもは
文庫本では新潮文庫についていて、
でもブックオフで買うと、これが切れています。

天面と小口を、グラインダーか何かで削って
古本をきれいにする工程でどうしても切れてしまうのでしょう。

汚れた面をきれいにして、本を再生してくれるのは良いんだけれど
この、生えぎわで切断されたまま本文に挿まっているひも。

しおりとして使えるか、やってみたけど
どこにもくっついていないひもは、頭をまっすぐ出して挿むしかないし
ひらくとするりと落ちてしまいます。

切れた、ひも。

どうしたらいいんだろう。



* * * * *


田辺聖子さんの本を、はじめて読んでます。
「文車日記 ‐私の古典散歩‐」
ページをゆっくり、繰りたい本です。
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by ichirographics | 2011-03-03 12:08 | 身体感覚

16年

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天五中崎商店街。

古書店の、奥から店先へ、ゆっくりと
本の束を捧げ持つように、何度も往復しているおじいさん。
店開きのしたくだ。
その邪魔にならないように
ワゴンから川端康成、中の棚から大岡信をえらんで、500円。
奥のレジで払い終えて出るとちゅう、一冊の背に目がとまった。
ぼくが装丁した本だ。

手にとって、見返し、扉から本文の感じをゆっくり、久しぶりにたしかめる。
昔の自分だけど、いい感じでつくられている。

カバーもまだきれいで、天がかすかに汚れているくらい。
僕が出版社からもらったぶんはあまりないので、買おう。

レジに戻ってその一冊をさしだすと、
「それは珍しい本ですよ」と店主。
これは、出来あがったときに著者の藤本さんが、
僕の今までの本にない感じやな
と気に入ってくれたのだ。
「これは、僕が装丁した本なんです。むかし、若い頃に」
と僕が言って、扉裏のクレジットをふたりで見る。
ゆっくり、高齢の店主は言う。
「本は、巡りあわせ、って言いますよ。本との出会いはね」

通りに出て、袋からまた本を出す。
自分がレイアウトした奥付を、あらためる。
1995年1月6日発行。

16年経っての巡りあい。
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by ichirographics | 2011-01-29 20:35 | つながる