「ほっ」と。キャンペーン

<   2011年 06月 ( 5 )   > この月の画像一覧

おじいちゃんの映画、叔父叔母の映画

d0181344_1144312.jpg

実家から妹とふたり、川に沿ってすこし歩いて美術館へ。
すっかり夏。振り向けば甲山に入道雲。
見たのは古い映画のポスター展。

「華やかなサイレント映画は幕を閉じ、時代はトーキーへ…」という
字幕ではじまる東和25周年記念の古いフィルムがビデオ上映されている。
ドイツ・ウーファ社の「制服の処女」「ジークフリート」「会議は踊る」、
フランス映画は「女だけの都」「自由を我等に」…
出てくる1930年代からのヨーロッパ映画は、おじいちゃんの世代のもの。
ぼくらはおなじみ「ペペ・ル・モコ」でようやく
---パパがしびれたシーン。

展示されているのは、最初期のはB3より少し大きめのポスター。
映画史に残っているようなもの以外は、聞いたことがある程度か、
もう題名にもぴんとこない、分からないもの。
だけどその頃のポスターが、とりわけ大胆で。
スタアの顔、シーン、スタッフ名、コピー、
手描き原画を、エンピツの下書き線もそのまま製版していて。
軽やかなリボンのような、タイトル処理にに工夫があって。

四六半裁を縦に二枚継いだ、細長いのは
これは劇場の入口、スチールのウインドウの横に立ってたりする
看板のようなポスターのような?

「追憶の映画ポスター展」というサブタイトルがあって
でも、実際にこれらを追憶できるのは…80代も後半?
一部ぼくらはDVDを入手はできても当時の空気はとらえようがない。
有名なものならまだしも忘れられた映画は。
それらの映画を、そしてそれらを夢中で見に行った人々の思い出を、悼む。

中・後期のものは、叔母さんたちが買っていた
「映画の友」誌にあった広告として見覚えがある。
写真じゃなくて。この、絵のタッチ。
ジェラール・フィリップの颯爽。
上の叔母さんが当時好きだったジャン・マレー。

その1950年代のポスターは、こうして時系列に沿って展示されると
どうしても古いものとくらべて、翳りが、ある。

彼のポスターが、生き生きしていたのは、フェデー、クレール、デュビビエ、
オータン=ララ、カルネらが活躍していた時代の映画。
かれらの映画は、ヌーヴェル・ヴァーグとりわけトリュフォーによって
「おじさんの映画」として揶揄・否定されて、息の根を、止められた。

そのトリュフォーの「大人は判ってくれない」のポスターが、ある。
初期のもののように大きくとった空きスペースの質感に憂愁がある。
野口久光のポスターといえば、これだ。

ジャズ、ミュージカル評論家。東和宣伝部の社員。というより野口久光。
かれの時代の快活と、輸入文化へのあこがれを、思う。

ショップで、「禁じられた遊び」と「大人は判ってくれない」の
葉書を買って帰った。


西宮市大谷記念美術館「野口久光 シネマ・グラフィックス」展
7月31日(日) まで。
[PR]

by ichirographics | 2011-06-26 11:07 | 記憶

Graphis Poster Annual 2012 入選

d0181344_2025834.jpg

米国のグラフィックデザイン誌グラフィスの
GRAPHIS POSTER ANNUAL 2012 に、僕の作品が入選しました。

グラフィス社から通知を、しばらく前にもらっていて、
その後出版用に必要書類を送ったあと、このブログの右欄に
Graphisサイトへのリンク情報はつけたのですが、
記事としては書くのは初めてです。

書くタイミングが少しずれたのは、
グラフィス・ポスターに入選… とじつはちょっと
正直ぼうっとしてしまい、そのまま目の前に迫る仕事に没頭して
あっというまに、けっこう日が過ぎた今ごろ、
うれしい実感が、じわっとやってきてるようなことです。

選ばれ、掲載が決まったのは、
「京懐石 和光菴」のためのポスター。

自然素材をつかった日本料理の良さに、気付いてもらいたい…
ひたすらそのことを念頭に制作しました。

日本料理を味わうことは、
旬(=自然)と伝統技術(=文化)をたのしむこと。
コンセプトロゴのnature-cultureをキーワードに、
「自然、文化、ともにあるよろこび」を
四天王寺前夕陽ヶ丘の和光菴から、伝えます。



現在のGraphisサイトでは、POSTER ANNUAL 2012にかんしては
LIVE JUDGING と表示されていて、それがどういう段階なのか
先方のシステムがちょっと分からないのですが、そのおかげで
同時に応募した、僕の他の2作品もまだ、見れる状態になっています。

ひとつはワルシャワ国際ポスタービエンナーレの特別カテゴリー
“Chopin Anew”のために制作(入選も)した、
フレデリック・ショパンのポスター“Music is hope.”、

もうひとつは世界中で年々、日々、消滅していく言語があることに
衝撃を受けて制作した、“Language Extinction”。


Public Viewing ということで今のところ公開されているページ。
他の世界のデザイナーたちの膨大な作品も見ていると、面白くて
あっという間に時が経ちます。
僕の作品は、カテゴリーは異なるのですが、
エントラントの名前でソートしたページで
Ichiro Watanabe Graphics 作品として
3つ一緒に見れますので、そのページへのリンクを、下に記します。
よかったらご覧ください。

GRAPHIS POSTER ANNUAL 2012 LIVE JUDGINGページ
・・・・・

肝心の、グラフィス・ポスター2012の実際の本ですが、
いつ刊行されるのか、案内はまだ来ていません。

作品がどう、掲載されるんだろう…。どきどき。
[PR]

by ichirographics | 2011-06-20 20:06 | 伝える

2冊の本

d0181344_1938272.jpg

しばらくバタバタと緊迫が続いて(よくあることですが)余裕なく過ごしていました。
その間に、僕が装丁を担当した本が二冊、ほぼ同時に仕上がって届きました。

一冊は、源氏物語のカクテルブック。

・・・といってもちょっと内容が想像つかないですね。
京都・祇園四条「来洛座」のバーテンダー浅野徹氏が、
「源氏物語」五十四帖、そして主要登場人物のイメージを
オリジナルカクテルに作り上げました。

「ささは よもやま ゑひもせす
     ― 京都・祇園のバ-テンダ-がつくる、源氏物語カクテル」
浅野徹[著]/ たる出版

d0181344_2012794.jpg

それぞれのカクテルにはレシピ、カクテル言葉、プラス
物語を現代語に、それも著者独特の「砕けた」文体に訳した「ちょっとあらすじ」がつきます。
美しいカクテル写真は楠本夏彦氏の撮影。
そして、黒をベースにデザインしたこの本全体を包み込む着物は
上大迫博画伯が、このカバーのために制作した一枚物の絵。
(上大迫さんの個展に二月、伺ったときのことはここに書きました。)

源氏、祇園のバー… と、とても京都らしい
ジャンルをまたがった本が、きれいに出来ました。

・ ・ ・ ・ ・

もう一冊は法律の本。

「実務 刑事弁護と証拠法」
庭山英雄・荒木和男・合田勝義 [編著]/ 青林書院

…刑事事件に精通した執筆陣が、豊富な実地経験を基に、
裁判員制度における有効な弁護活動の方策について、
証拠調べを中心に分かりやすく解説する。効果的刑事弁護の実践指南書!

d0181344_19404219.jpg

…専門書です。

ビジュアルの核は、時間=時計、ターゲット…はひょっとして
容易にわかってもらえるものだろうか?
書名から連想されるコモン・イメージ(ダーティ・ハリーから部長刑事まで)も
手がかりにデザイン、
担当編集の方からは「引きしまった感じで,とても良い仕上がりになった」
とのメール、うれしいです。

ブログに書くのがすこし、遅れましたが(よくあることですが)
二冊。まだまだ、生まれたばかりの本です。
[PR]

by ichirographics | 2011-06-17 19:56 |

光陰矢のごとし

d0181344_12483768.jpg

――わたしが21になったらお父さん60やねんなあ。
娘が言って、ふとそうか、と思っている僕のかわりに
――そうやね、39歳違うからね。
と妻がこたえた。
保育所に、娘を肩車して行ったのはついこの間のこと。
時の経つのはあっという間、と口に出すのも決まりごとに思えて。
でも頭の隅に何かがひっかかっていた。
ゆうべのこと。

朝。鏡にうつる男の貌をみて愕然とする。
しわ。目の下のたるみ。どうしようもない年月の痕跡。
愕くのは、自分の意識が、過ぎる時間に追いついていない現象。
だとわかっていても、愕く。いつものことながら。

停電事故でダイヤが乱れ、電車はいつもより30分長くかかって難波に到着した。
乗客で混雑した駅を出て、すこし疲れ、歩きながらまた考えている。

Time flies like an arrow.

時間は矢のように…
ゆうべこれを言おうとして、やめたんだった。

時というものは、という、これは一般的な理というよりは
個人の体感する時間、歳月にたいする感慨なのだろうと思う。

時間は矢のように、速い

といえば、大事なことが抜けている。
ただ速いのではない。過ぎる速度が、若いときと今では、違っているのだ。

時間の速度は、均一ではない。

飛翔する矢はやがて失速し、いつかは地に落ちる。
その飛翔を、水平方向での運動とみると、だんだん遅くなっていて
これはたぶん私たちの、肉体の衰え、いのちの衰弱についてのアナロジーだ。
でも私たちの感じる時間はちがう。逆だ。

その進行速度は、私たちの個体が歳月を経るとともに、増していく。
時間は、加速する。

矢の、水平方向での飛翔は、個人の意識=肉体だろう。
時間の動きは、飛翔の、垂直方向に潜んでいる。
降下の、加速度。

意識=肉体の衰弱とともにだんだん速度を増していく。
とすれば時は、重力と似ている。

光陰矢のごとし、は矢の、垂直方向の運動について指摘することわざだ。
水平方向に失速するのは肉体で、時についていうならば、
飛翔は、人生のある時点からは、それもごくはやい時期からは、降下になる。
だから

Time falls like an arrow.

こんなふうに言ったほうがいいかも知れない。


と、55才半ばにして、思う。

・・・・・

というのは、55才半ばの時点での報告。
当たり前だけど、僕はここまでの時間感覚しか持っていない。
もっと高齢になったら、どうなるんだろう?
体感する時間の速度が、どんどん増していって、
それは極限までいくんだろうか?
あるいは、先に、別の次元があるんだろうか?

わからない。いまは。



こんな考えが浮かんだのは、じりじり走行して終点になかなか着かない
混雑した車両で、辻原登の「闇の奥」という不思議な小説を読んでいたことが
関係しているのかもしれません。
[PR]

by ichirographics | 2011-06-09 12:55 | 身体感覚

空堀のそら

d0181344_13163429.jpg

きのう、小田啓介 個展「Life -らいふ-」を見に行ってきた。
最終日。
小田さんは先週北海道へ帰られたとのことで会えなくて残念だったが
薄い雁皮紙を使用した銅版画は独特の表情があって
作品に漂う薄茶色の時間をしばし、味わった。

ここは細い路地と古い家並みがまだ残る空堀(からほり)の
普通のおうちの一階を改造したギャラリー。

会期中は雨が多くてね、僕は雨男なんで、って作者の小田さんは
帰る飛行機も雨で飛ぶかなあ、言わはって。
今回は、でも、雨に似合うような作品で、どちらも。と
ギャラリーのオーナーが言って、
奥の小部屋を見てないことに気づいた。

この展覧会のことを知った友人の日記に、もうひとつの展覧会を
見れますよ、とあったのを忘れていた。

稲田早紀展 with violas 。

ヴィオラは、すみれなんだ。
どの絵も、花たちが寄り添っているすがたに存在感があって
細い茎からたちのぼる、花の生気のようなものにうたれる。
京都芸大の美術学部をことし卒業したばかりの、若いひとだと聞いた。
小部屋は、すみれが、匂ってくるよう。

ふたつ違う展覧会をみれる。これはトクなギャラリー、たしかに。

稲田さんのすみれが掛かった壁面に開いた戸口から、
ギャラリー裏の、北側の路地が見下ろせる。
かつては三軒ずつ、長屋が向かい合わせにあったということ。
その片方は取り壊されて、でも古い街並みを保存する動きで
かつてあった石畳とともに、復元されたという井戸が目の前にあった。
傍には錆をふいた庇に護られたお地蔵さん。
夏の地蔵盆にはね、ちいさい子供らがいーっぱい、集まって
大きな百貨店の紙袋やら持って、町内の皆がくれるおひねりのお菓子
あつめてまわるんよ、いまでも。とオーナーが話してくれる。
そういうのもね、年寄りばっかりになってたら続かんわ。とも。

向いはこの付近の植栽をデザインするひとのお家、と教えてくれた。
若い男性が、ちいさな耕地に水をやっていた。
その家の側面にはいろんな種類の植物が茂っていて、
年を経て変色した黒い板塀をみると、震災前の実家あたりの路地を思い出した。
風雨にさらされた年月。

忘れていたものをいろいろ、思いだす午後だった。


* * *


展覧会はどちらも昨日でおわったけど、リンクを記します。

小田啓介 http://www.buongiorno.fm/index.html
稲田早紀 http://inako-artworks.jimdo.com/
アートギャラリー そら http://sora.swee.to/
[PR]

by ichirographics | 2011-06-04 13:18 | 展覧会