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カテゴリ:本( 15 )

最近の装丁仕事:アフリカ音楽の正体

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ワールド・ミュージック、という言葉があたらしかった、世紀の変わり目のころ、
特にマリ、ギニア、セネガルといった西アフリカからの音楽に、僕はどきどきしながら接していたのを思います。
あるいはそういうアーティスト、というのでなくコンゴのイトゥリ・ピグミーのうたのフィールド録音が神秘的で、ときどき森に入りたい、みたいなときにじっと聴いていたり。それはエイモス・チュツオーラの書く不思議な物語ともまじったような、頭の中の森、を思います。
そうしてこの20年の間、激動したアフリカの現実世界を、思います。

音楽関係の装丁仕事を、もう一冊。
これは今月10日、発行されたばかりの
塚田健一・著「アフリカ音楽の正体」。

最初依頼のメールをみて「正体」は「招待」の変換間違い?と思ったけど、ただしく、正体。
まえがきには、何らかの形でアフリカが、あるいはアフリカ音楽が気になっている方へ、その関心を「さらに二歩、三歩、とアフリカ大陸に引き寄せることをもくろんで書かれたものだ」とあります。

考えて、カバーには、ドラムを叩く指先をクロースアップして、土壌と熱気そして波動を感じる、重層的なイメージをつくりたいと思いました。
視覚的にはざらざらしたテクスチャーだけど、手に取るとマットPPが滑らか、というちょっと不思議な感覚。
身体に馴染む色彩と質感、を思った装丁は、うまくいった!と思える仕上がりです。

デザインの工程的には、ふだんオフセット4色刷を前提にした作業がほとんどなのですが、階調のある2色刷の場合の、4色とは異なるソフト上での原稿づくりの難点・課題と、単純にみえて奥深い2色刷の魅力と、両方、あらためて感じる仕事でした。

記述は多角的、読みはじめただけでもそうとう(音楽的な意味で)刺激的。
僕にはレベル高し!と思いながらすでに面白い、です。

目次を紹介します。

[理論編]
第一章 アフリカ・リズムの衝撃       
第二章 アフリカ・リズムの奥義        
第三章 アフリカに「ハーモニー」が響く    
第四章 アフリカの旋律をたぐる       
第五章 太鼓は話すことができるか    
第六章 子どもと遊びと音楽と        
[実践編]
第七章 アフリカの太鼓で合奏しよう

といった構成。興味あるかたは
音楽之友社サイトで「立ち読み」ができるのと、
http://www.ongakunotomo.co.jp/catalog/detail.php?code=135700

特設ページでは
著者によるフィールド録音のダイジェスト音源が試聴できます。これは面白いです。
http://www.ongakunotomo.co.jp/useful/africa/index.html


「アフリカ音楽の正体」塚田健一 著
定価2,592円(本体2,400円)
四六判・264頁
株式会社 音楽之友社

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書店の棚ではこんなふうにオビがついて。
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by ichirographics | 2016-06-21 10:28 |

最近の装丁仕事:民族音楽学12の視点

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このところ、音楽の本の装丁仕事が続いていました。
装丁もいろんなケースがあって、この本はカバーが1色or2色刷にPP加工、という仕様、本文の用紙・レイアウト等が出版社の方であらかた決まっているパターン。
僕が依頼されたのはカバー(英語だと「表紙」とおなじになってしまうので原稿のファイル名はjacketにするんだけど依然呼称はカバーですね)のデザイン案、そして方向性が決まったらそれに沿って仕上げ、表紙、本扉と章扉もデザイン、そして見返し用紙の選定。

本が出来上がって、音楽の友だちにも紹介したい内容です、と言ったら
ぜひ、ということなので、これは書名が出せる仕事。

「民族音楽学12の視点」徳丸吉彦 監修・増野亜子 編
”人間と音楽について考える「民族音楽学」の入門書。専門的な音楽の経験がなくても、音楽への知的な好奇心がある人に向けて編まれた。「民族」という語がついてはいるものの、民族音楽学は遠い異国の音楽だけを扱うものではなく、あらゆる音楽を扱う。”
15年ぶりに出る民族音楽学のテキストとあって、気鋭の若手研究者らによるさまざまな論考が編まれています。
僕としては音・声・ことば、や越境・ディアスポラ、がまず関心あったところ。

テーマが多岐に亘って、また各項で語られる論者自身の音楽との出会いがいろんな驚きにみちているので、読んでいてクラクラします。
いちおう民族音楽学という学問の教科書、でも教科書的ではない。
目次を紹介してみますね。

[本書の内容]
響きと身体
 1 音楽と身体
 2 音楽と舞踊
 3 聴こえるものと見えるもの
 4 音・声・ことば

伝承と政策
 5 伝統芸能の伝承——個人にとっての芸の伝承
 6 無形文化遺産としての音楽
 7 無形文化財と韓国の伝統音楽
社会の中の音楽
 8 マイノリティ
 9 越境・ディアスポラ
 10 ローカルとグローバル、アイデンティティ
 11 グローバル化と著作権問題

総括
 12 民族音楽学への流れ

といった内容。ご興味あるかたは、
音楽之友社サイトで「立ち読み」ができます。
http://www.ongakunotomo.co.jp/catalog/detail.php?code=135100

並製・B5判・192ページ
定価2,700円(本体2,500円)
株式会社 音楽之友社

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by ichirographics | 2016-06-16 12:17 |

白い紙の束に

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最初に想像するのは白い紙の束。
そこに思念が行を成し、陰影がにじむ記憶が図版となる。

白い束をおおう表紙に海、を考え、
角背に光沢ある紺クロスを貼って大海原を託した。
さらにそれを包むものとして空気をふくんでやわらかく白い紙で函をつくる。
大気の外函、海の表紙。それに紺のスピン、明るい青の花切れ。水色の見返し。
半透明の紙に湧きあがる気泡の図像を刷って別丁扉とし、本文へ導く。
これで、この本は船のように出航することができるだろう…

このイメージが夏にできて、あとはそれに従って
こつこつ、構成していったんだった。

本は子どものころから貪るように、目に捉えた文字の形や絵のかたまりが
頭に沁みこむまで、感覚ぜんぶをつかって、読むものでした。
美術学校を出たあと、イラストレーターのスタジオを経て
20歳すぎに勤めた会社の、業務のひとつが
大型本や企業の社史といった書籍をデザインする仕事。

読む側の気持ちで本をつくるのは難しいことではなかった。
むしろめっぽう楽しい仕事。

・・・ということで何十年後の現在にいたるまで、
僕の事務所の業務のひとつの分野としてブックデザインは続いています。

今は制作の工程が、すっかり個人のコンピュータのなかで完結してしまいます。
自在なようで、これが狭い、ある種閉じた世界だという気がずっと、しています。
見方が独善的になる、という反省も。

かつて文字組みのこと(緊張感、リズム!)は写植屋さんに、
写真(深み、あでやかさ)のことは製版屋さんに、というふうにして、
それぞれの分野のベテランで、気概あるおじさんたちに教わりました。

今回、組版はひとりで取り込まず、依頼したのが
一昨年知り合った、でもじつは30年以上前に、ある書籍を一緒に作ったことで
かかわりがあったことがわかった人たち。
なので、お互い、よう生き残ってはった!と涙の^^;再会をした人たちでした。

製本、製函のプロセスはもちろん専門のひとたちの手を経て、
それぞれのベテランにお願いできたことは良かった。
そのおかげで僕は著者の意図を生かしつつ、企業体の歩みが
有機体のように浮かびあがってくるかたちづくりに専念することができました。

ということで、装丁プランから、基本フォーマットづくりという僕の仕事では、
おなじみの鉛筆が活躍しました。

かつてやっていたことに戻る、というかまた巡ってくるんだな、と思います。
これはまた続いて、そしてまた巡っていきます。

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by ichirographics | 2016-06-12 14:42 |

日本のロゴ&マーク集 vol.3に掲載

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僕の仕事が載った本が今日、届きました。
「日本のロゴ&マーク集 vol.3」。
掲載されているのは「シュール・ムジュール デサキ」さんと「CP JAPAN 綜合特許事務所」さんのために制作した、どちらもマークとロゴタイプ、そしてステーショナリーや製品付帯物などの応用制作物です。
300ページを超す分厚い本にはカテゴリー別に、たくさんのデザイナーによるいろんな仕事が載っていて、パラパラッと見ただけですが、知り合いデザイナーや敬愛する先輩デザイナーの作品も。

作品、といま書きましたが、ロゴやマーク、CI、に限らずデザイナーが関わって生まれたものは、クライアント、代理店、制作チーム、など多くの人たちとの共同制作物であり、共有財産でもあります。なので、作品というと、たとえば絵画など、モチーフも制作も個人で完結する作品を思い浮かべてしまうので、本当は違う。でもじゃあ「成果」や「実績」というのも、なんか合わない場合があって、それで、まあ芸術家の作品とは違うんだけど、という気持ちを含めながら、やはり比較的しっくりくる「作品」という言い方を、します。

ここにあるのは、僕のもそうだけど、最終納品時の「完成形」。
だから、ここにいたる制作プロセスは、もちろん見えてないんだなあ、って思います。CIやVIシステムの場合は、その体系の一端だけがここに掲載されているわけで、どういうふうに応用されているか、はわからない。ここに見えているのはそれぞれの仕事の、いわば氷山の一角。
そういうふうに思いながら、ひとつひとつを見ていく。そうして、ひとつひとつの背景や、当初の要望だったもの、課題とされたもの、商品やサービスの対象層…そんなものを、想像していきます。そうすることで、これらの完成形に込められた、デザイナーの創意が、浮かびあがってくる・・・。
と、いうふうに読んでいくのが、たのしみです。

Amazonの内容紹介では
「2010年-2014年までに制作・発表されたCI、VI、ロゴタイプ、マーク、ピクトグラム、およびそれらの作品が使用されている実例写真もあわせて掲載」とあります。
書店では6月20日発売ということです。

http://www.amazon.co.jp/日本のロゴ-マーク集-vol-3/dp/4773881208

  「日本のロゴ&マーク集 Vol.3」
  大型本: 376ページ
  出版社: 現代企画室
  発売日: 2015/6/20
  商品パッケージの寸法: 30.5 x 23 x 2 cm
  定価:12,000円+税

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

僕の「作品」が載った本としては
グラフィック社「和のデザイン 美しいレイアウトのしくみ」につづいて
この4年では5冊め、です。
クライアントのシュール・ムジュール デサキ様、CP JAPAN 綜合特許事務所様、お世話になりました。…お世話になっています(進行形)。これからも、よろしくお願いいたします。
また、あらたな仕事を、手がけていきます。これからも。こつこつと。
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by ichirographics | 2015-05-28 18:54 |

本のお仕事

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最近、デザインを担当した書籍がふたつ、
いま書店の店頭に出ています。ひとつは

「フォルマシオン・ミュジカル 名曲で学ぶ音楽の基礎」。

Formation Musicale とは、名曲やよく知られた曲を題材にして、
音楽を多角的に捉え、高い音楽性や創造性を目指す
フランスの新しい学習方法、ということ。
この本は問題集になっていて、1と2合わせて30曲!が取り上げられています。

はじまりは、従来のソルフェージュの、堅苦しい、
無味乾燥な感じから脱却した新しい表紙デザインを。ということで
音楽のお勉強…には違いないけど
それが楽しくなる、発想が拡がるようなイメージでつくったのでした。

「フォルマシオン・ミュジカル 名曲で学ぶ音楽の基礎」1および2
舟橋 三十子:著 B5判 並製 音楽之友社
価格:(1)(2)どちらも¥ 2,268

日頃の仕事であるグラフィックデザインは、身に沿った、
肌合いを生かすやり方で、気持ちがとどくことをめざしていて
どんな分野のデザインであれ、そこに共感が生まれると、本当に楽しくなります。

地道な業務がほとんどで、その時々で、こんな仕事しています、というのも
基本的に守秘義務があることもあって、
なかなかこんな風に紹介することはないのですが
本の仕事は、やっぱり好きで、やっていきたいことです。
手に取れる、ってこともあるのかな。
でも事務所のある大阪には出版社じたい少なくて、必然的に東京へ
時々は行かないと。ってことになるかー、って思ったり。

もうひとつ、そんな大阪ならでは、の本の装丁もさせてもらいました。
情報には新書判とありますが、新書よりは少し大きくて、
著者のご希望で、近年あまり見ない、
ペンギンブックスと同じ版型の上製本。
片手にすっぽり収まるこの版型は、ぼくもなつかしくて
すきなウォーレン・オーツの本がこのサイズでした。

これは東京の書店には、出ないのかな…。
大阪では書店の平台で、頑張ってる姿をいま、見ます。
その一冊は

「たかじん波瀾万丈」
古川嘉一郎:著
新書判 上製 たる出版 1,296円(税込)

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by ichirographics | 2014-05-31 23:37 |

2冊の本

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しばらくバタバタと緊迫が続いて(よくあることですが)余裕なく過ごしていました。
その間に、僕が装丁を担当した本が二冊、ほぼ同時に仕上がって届きました。

一冊は、源氏物語のカクテルブック。

・・・といってもちょっと内容が想像つかないですね。
京都・祇園四条「来洛座」のバーテンダー浅野徹氏が、
「源氏物語」五十四帖、そして主要登場人物のイメージを
オリジナルカクテルに作り上げました。

「ささは よもやま ゑひもせす
     ― 京都・祇園のバ-テンダ-がつくる、源氏物語カクテル」
浅野徹[著]/ たる出版

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それぞれのカクテルにはレシピ、カクテル言葉、プラス
物語を現代語に、それも著者独特の「砕けた」文体に訳した「ちょっとあらすじ」がつきます。
美しいカクテル写真は楠本夏彦氏の撮影。
そして、黒をベースにデザインしたこの本全体を包み込む着物は
上大迫博画伯が、このカバーのために制作した一枚物の絵。
(上大迫さんの個展に二月、伺ったときのことはここに書きました。)

源氏、祇園のバー… と、とても京都らしい
ジャンルをまたがった本が、きれいに出来ました。

・ ・ ・ ・ ・

もう一冊は法律の本。

「実務 刑事弁護と証拠法」
庭山英雄・荒木和男・合田勝義 [編著]/ 青林書院

…刑事事件に精通した執筆陣が、豊富な実地経験を基に、
裁判員制度における有効な弁護活動の方策について、
証拠調べを中心に分かりやすく解説する。効果的刑事弁護の実践指南書!

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…専門書です。

ビジュアルの核は、時間=時計、ターゲット…はひょっとして
容易にわかってもらえるものだろうか?
書名から連想されるコモン・イメージ(ダーティ・ハリーから部長刑事まで)も
手がかりにデザイン、
担当編集の方からは「引きしまった感じで,とても良い仕上がりになった」
とのメール、うれしいです。

ブログに書くのがすこし、遅れましたが(よくあることですが)
二冊。まだまだ、生まれたばかりの本です。
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by ichirographics | 2011-06-17 19:56 |

nature/culture in 日本タイポグラフィ年鑑

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僕の nature/culture テーマのグラフィックアート作品が
日本タイポグラフィ協会の「日本タイポグラフィ年鑑2011」に入選、
その年鑑が事務所に届いた。
「研究・実験」カテゴリーに、nature/culture の3点が掲載されている。

隔年刊行で始まって通算32冊目、
日本の優れたタイポグラフィの歴史の記録というこの年鑑に
僕の作品が載っているのをみるのはまず、やっぱり驚き。

巻頭に「手が止まったらデザインは死ぬ」という言葉が引用されてあり、
日々、気をゆるめることはできないな、とあらためて思う。

今年の年鑑は、明るく、かわいいと言ってもいい印象の造本で
でもしっかり、時代の手ざわりをかんじる、
しなやかでタフなタイポグラフィーの仕事を堪能することができる。

「2010年のタイポグラフィの精華」(編集長のことば)としての本書。
そういう一冊に掲載されることをかみしめよう。とともに、
何よりも本。読みつくそう。
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by ichirographics | 2011-05-10 21:11 |

颯々とさやいで

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箱からとりだすとグラシン紙に包まれた布表紙の本。
何の変てつもない、といえば本当にふつうの
でもいま手に取るとそれが貴重に思えるふつうの本のすがた。

「言の葉さやげ*茨木のり子」(1975年 花神社)

著者自装。
若草色の布表紙に、見返しのひわ色がほんのりみどりに相まって、
花布も本文と同系のクリーム色との調和は
書名のもととなった古事記の

木の葉さやぎぬ 風ふかむとす

というイメージを受けとめる自然な設計だとおもう。

母親が話した東北弁への思いをつづった文章からはじまる
詩人の短文集は、ことばへのまっすぐな、
でもやさしい目線がいたるところに感じられる。

1975年発行といえば、僕のもっている同じ頃の布貼り上製本が、
変質した糊の茶色が浮き出し、
見返しもひきつれをおこしているのがあることと比べると、
これはいま工場から上がってきたと同じ。
よく丁寧に作られているということなのだろう。

「…最初から意義があり、神聖な仕事なんてものは一つたりとも思いつかない。…
…しかし一つの仕事を選び生涯を賭けたとき、…否定しがたく人間の仕事としか言いようのないものにぶつかることがある。それが何であれ、人の仕事、職業というものに価値を見、打たれる…」
これは谷川俊太郎の詩について書かれた文章から抜き出したもの。
人間の仕事。そう言える仕事を、すこしでも出来ているか。読んで、自問する。
やさしいけど、てごわい本。

あとがきに
「…ことばの悪葉、良葉ふくめて、もっともっと溌剌と、颯々とさやいでほしい」
という一節があって、僕は颯々ということばを知らなかった。
漢和辞典で引いてみると、「さつさつ 風のふきすぎる音」とあった。


風のなかで、詩人のことばとおなじように
しゃんと、立っている本。
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by ichirographics | 2011-04-02 17:56 |

ちょっと横道に

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赤瀬川原平の「奥の横道」(日本経済新聞社、1999年)を古本で買った。
期待した通り、今読んでも、面白かった。

いまブログが、もうそれも古いとかいうことになってるけど
この本の、エッセイというのでもない姿は、いまのブログを先取りしていて
この人がそうっと用意してくれた道を、ぼくらはそうと知らずに
歩いているのではないか、と思ってしまう。
ただブログを予感させるといっても、この本の
本文用紙にスミ1色刷りという制約(初出は新聞連載)のなかにあっても
写真の解像力、あるいは語る力はさすがに、雄弁だ。

いまはなんだか老人力の、いっぷう変わった癒し系のおじさんだが
その昔赤瀬川原平といえば、正体不明のラジカルな前衛美術家で、
千円札事件や櫻画報の仕事で僕らは知っている。
結果的に、はたから見たらきなくさい仕事だが、それらはたぶんこの人の、
芸術をする自意識をどんどん消滅させて、手わざの痕跡どころか
宇宙まで閉じ込めてしまう不可避の道にできた産物だったんだと思う。
その、不可避の道の果てに辿りついたのが超芸術トマソン。
いや、果てというと終わったみたいだけど
その後のライカ(!弟がはまった。出てこれない)、新解さん、
文学者尾辻克彦として…と色々、考えたらすごい。こんな人他にいない。
突きつめたあとの抜け方が、すごいと思う。それもどこかトボけて、天衣無縫で。

頭脳というよりは目わざのスゴさをつうじて、
意識を拡張してくれているように、この本を読んで改めて思う。

この人のいまのところ最大の功績は、やはりトマソンだと思う。
作者がいないトマソンは、見る側に属している。
身も蓋もない言い方だけど、言ってしまえば、トマソンは、ただ
現実の裂け目を見つけようとする気持ちの、あらわれだ。
あるいは気持ちのあはれ。
見る者にしか存在しないからだ。
それらは凍りついた手わざ。おきざりにされた過去の時間。

この本の写真はゆったりした気分も含んだもので、でも、じっとみていると
叶えられなかった祈り… そんな言葉が浮かんでくる。


印象に残った文…
「それにしても人間というものは、その時代その時代のマインドコントロールに
かかって生きているもんだとつくづく思う。過去を振り返るとそのことがよくわかる。
ということは、いま現在はどんなマインドコントロールにかかっているのか、
将来振り返ってみるのが非常に楽しみになってくる。」


高松次郎の訃報についての文章に添えられた、明るい窓に向いた机上の原稿用紙と
筆記具、消しゴムの、ひっそりとした祭壇のようなたたずまいの写真が心を打つ。
生きた時間を切り取る写真は、祈りのためのものかもしれない、と思う。


「とにかくちょっと脇にそれさえすれば、旅はどこにでも待ち構えているものらしい。」
…すてきな言葉。
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by ichirographics | 2011-03-09 02:10 |

古寺の甍 無量の想像力

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「古寺の甍」(こじのいらか)(1977 河出書房新社)を読んでいる。古本だ。
著者の多田智満子はマルグリット・ユルスナールをたぶん、初めて訳したひと。
そのひとが、古い寺を訪ねて歩いて書いた文章。
こういう、日本のことを書いた本があるのは知らなかった。
最初、あの多田智満子?と思って手にとると、出てくるのが関西近在の寺。
歴史、名刹とかに疎く、でも年相応に、六甲に住んだひとが書いてくれた本で
勉強して、いつか近所の寺を歩くのもいいかな。と思って買った。
これが、ふつうの渋いお勉強ではなかった。いい。

たとえば鞍馬寺。
奥の院の、底無しの静けさのなかにたちつくす義経に思いをはせる著者が
山門の木札をみてこれはおかしいと菅長に訊くあたりから、
650万年前に金星から鞍馬に降臨した魔王の話、寺の本尊である毘沙門天との
オカルト的なかかわり、天狗についての考証、と
荒唐無稽な縁起が誘う、混交する世界に迷いこんでいく。
印欧、東アジアと、文化の源泉をたどる眼の、奥行きと、
時空を、まるで天狗のように行き来する想像力。

参詣の導入部としての、石段が、冒頭から何度か出てくる。
簡単な描写だが、石段をのぼる生身の感覚は、後年、
著者が入院生活の中から紡ぎ出し、のちに遺句集に収められた句に
鮮烈なイメージとして出てくることに思い当たる。
これはあの句の、…と思って読み、胸を打った。
それは遺句集「風のかたみ」所収の、例えば

ぐらぐらの石踏むや夏の澤登り

あるいは

水すまし水を踏む水へこませて

…これらは著者が病室を一歩も出ないで、たぶん肉体の記憶から生み出した
生のイメージなのだ。


青岸渡寺の二部にいたっては現実の紀行文は後退、ほぼ消滅して、
あるのは水けむりにとりかこまれた一筋の滝への夢想に発する思索に終始する。
紀行なのに、ほとんどがイマジネーションだけの世界。

想像力だけで、どこまでいけるのか。
天狗よりも、神話のヤタガラスよりも、多田智満子の飛翔が驚異だ。

でも頭の中だけじゃない。
もちろんこの本は多田さん40代、実際に歩き、触れ、感じた世界の記録でもある。

播磨の鶴林寺で鐘を撞いたときの描写がある。
「…ふつうの梵鐘の、あの重く沈んだ盤渉調の響きではなく、カーンと冴えて、一切のもたもたした煩悩を、吹っ切るような音色である。しかもそのあとに、透き通った沈痛の余韻を残し、ただの一音で無量の音楽をひびかせている……。」
それは実際どんな音だったんだろう、と思う。

載っているのは全部で17のお寺。
電車の行き帰りで読んでいる。1篇、1篇、楽しんだ。楽しんでしまった。
あとふたつしか残っていない。



写真は11日の朝に見た木。雪の、名残。
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by ichirographics | 2011-02-19 10:53 |