春たち人たつ

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土曜日。データ仕事にひと区切り、京阪電車に乗って京都へ。

手描友禅作家、着物作家である上大迫博さんの絵画作品展「光の中へ」。
(於・ギャラリーみすや、2/6まで)
上大迫さんとは昨年、僕が装丁を担当する本の
ジャケットのための絵の制作依頼でお会いして、友禅の帯を、
そしてそのあと絵画作品を見せていただいた。素晴らしかった。

また、そのときの絵に出会えた。

黒い絶壁から翠色の淵へ、しぶきをあげておちる一本の白い滝。
その崖のうえにのぞく青空。
あるいは青い海の予感をうけとめる砂浜の白い色面。
また、あるいは、燃えたつ紅葉の嵐山。

きりつめられた表現のなかで、色彩が匂いたつ。
対象に、端正に向きあう座し方に、心があらわれる。
典雅、という言葉がうかぶ。だけどまなざしは柔らかくて人間的。
そんなお人柄に、また触れることができた。

これは日本画、と思うけれど上大迫さんは絵、とただ言われる。
ただ絵を描く、と。
自由に、気負いなく境界を越えること。これは勇気づけられること。

「恵雨」(F6)は、麻紙でなくキャンバスに描かれている。
線としてはみえない雨にけぶる大地の表面から、山の峰から、
うっすら、立ち上る蒸気。
雨にうたれる小屋のたたずまい。
畑のあいだをのぼる小道に、道をつけた人の手わざが感じられて。
自然の中に暮らす、人の賛歌だと思う。


三条・石橋町のギャラリーを辞して東へ1、2分。富小路を北へ入って
H2Oギャラリーへ寄る。
ちょうど事務所から出てきたオーナーの大向さんと出会う。
「或るグラフィック展」のときのお礼を言う。にこにこして「みんな元気?」

開催してるのは「タキグチタカヒロの本の個展」(2/13まで)。
色んな本とグラフィックの試み。謎かけのような本が、とても面白い。
作品に、グラフィックと、紙と、本と、まっすぐ向かいあう姿勢がみえた。
情報性に流れないのはめずらしいこと。
和室に展示した、黒いきら紙を貼った屏風の立ち姿がくっきり、印象に残った。


だんだん日が傾く中、三条から七条へ向かう。
京都国立博物館「筆墨精神:中国書画の世界」(2/20まで)。
僕にはちんぷんかんぷんを覚悟して。これはせっかく母親から券をもらったので。
とにかく小~中学校の習字で何も良い思い出はなく、書道はさけていたのだ。

ちがった。これが収穫だった。

最初の部屋がまず法華経と三国志の巻物に書かれた文字。
思わず曹操、の名前はないかな、と探す。なかったが軍使、があった。
典籍。つまりテキストを写す。版本第一主義になる以前のものだそう。
字がぴっしり、の印象。
でも人の手、筆先の動きがわかる。それがスリルがある。
「本」ではないが紙に書かれたものだ。5世紀、7世紀のもの。
それが残っている。ぼろぼろのもある。残巻。
テキストというと片手落ちになる。写されているのは、文字のすがただ。
見ていくとだんだん、なんだか入っていく。面白い。
集字、模刻、さらにそれを拓本にとって、というふうに伝えられる文字。
南宋、明、このあたりから文人の画も出てくる。文字はのびのびと、
筆づかいのライブ感が伝わる。
内容はまず仏典、説話集、詩文集。楽師が演奏した「雅」というのもある。
日本のだけど、古今和歌集も見た。蕪村もある。
清時代の墨絵で気に入ったのがあった。山中の楼閣図。雪舟のは好きだけど
もっとおおらかで。ワイルドで。勢いがあって。
僕はやっぱり息づかいがあるものが好きなんだ、と思う。

呉昌碩につづき、日本人の、園田湖城の篆刻の部屋が最後にある。
版面は小さいので凝縮、ではなく、空間を生かす、なにより字の力の世界だ。
湖城の、篆刻だけじゃなく書もある。もちろんデザイン的で、かつ奔放。
一番最後に「京都国立博物館」の文字がある。さっき、建物に入る前
正面を見上げて読んでいたあの文字。そのもとだ。
真ん中の字のすがたにひかれた。大のような、これは人をあらわすのだろう、
その下に一文字。地面の上に人。これが立つ、という字なんだ。
人がたつ。

人が書き、彫る。文字には命が宿る。その命を、伝えていく。
人間の営為なんだ。分からないだろうと、敬遠することはない。来て、よかった。
筆の、書の世界。


博物館を出ると、すっかり日がくれて、
京都タワーの上に、細い三日月がうかんでいた。
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by ichirographics | 2011-02-06 03:16 | 展覧会

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